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2009年5月13日 (水)

[お知らせ]宗教史学研究所第49回研究会

来る5月16日(土)に行われる宗教史学研究所第49回研究会についてのお知らせです。

発表者と題目:
(1)渡辺たまき(筑波大学大学院在学)「在家主義的救済の神話としてのカルキ・プラーナ」
(2)田口博子(工学院大学非常勤講師)「感官のアナロジー―ノヴァーリスにおける無限なるものとの絆―」
(3)鶴岡賀雄(東京大学大学院教授)「ミシェル・ド・セルトーの〈宗教史〉理解」

詳細は以下参照:

以下研究会案内からの転載です:

1. 日時: 2009年5月16日(土) 13:00-17:50
2. 場所: 東洋英和女学院大学大学院201教室
3. 研究会参加費: 500円
4. プログラム(敬称略)

13:00-14:30 発表1
渡辺たまき(筑波大学大学院在学)「在家主義的救済の神話としてのカルキ・プラーナ」

〈概要〉一般にインドの宗教は出家主義と在家主義との対立が際立ったものと考えられている。出家主義とは解脱を最終的な目的とするような、宇宙の外を目指すものである。反対に在家とは、宇宙の内部での救済(「現世的」、「地上的」救済)を求めるものである。この両者を統合的に理解する視点を構築することが発表者の関心であるが、本発表ではその準備として、在家者の立場がよく表現されているカルキ・プラーナにおいて、出家者たちがどのように描かれ批判されているかということと、彼らを救うカルキ化身がどのように描かれているかを見ることによって、出家者の宗教と在家者の宗教の差異をみていきたい。

14:40-16:10 発表2
田口博子(工学院大学非常勤講師)「感官のアナロジー ―ノヴァーリスにおける無限なるものとの絆―」

〈概要〉「人間は無限定なるものとどのように絆を結ぶことができるのか」という問いは、ノヴァーリスにおいて重要な課題である。フランツ・ヘムステルホイスの「道徳に関する感官」に想を得、聖なるものを感受する感官が人間には先天的に備わっている。しかしながら、宗教改革と啓蒙思想により著しく毀損され、目下のところ瀕死の状態にあるという診断を彼は下す。この感官を再生させる治療法が「ポエジー」である。これは、フリードリッヒ・シュレーゲルの「新しき神話」と類縁関係を有す。道徳に関する感官との比較、そしてポエジーの分析を通して、宗教に関する感官の特質を明確にしたい。

16:20-17:50 発表3
鶴岡賀雄(東京大学大学院教授)「ミシェル・ド・セルトーの<宗教史>理解」

〈概要〉歴史はつねに不確かである。通説はつねに変化し、これまで事実とされてきたことが否定され、新しい歴史像が描かれる。では、過去は変わるのか? 歴史とは結局、現在の視点からする「史料」の自由な演奏、一種の物語制作なのか? また、記述される歴史=物語の主題=主人公は何か? 事件? 個人? 民衆? 時代精神? 思想? 制度? 集団? つまり、歴史の物語を語る歴史家=研究者は、過去の何を狙って、何を捉えようとして、何を理解しようとして物語(論文)を紡ぐのか? とりわけそれが「宗教」史の場合、どうなのか? こうした原理的かつナイーブな問いを、ミシェル・ド・セルトー(1925-1986)の議論に即して考えたい。

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