「キリスト教史と〈宗教〉史の“あいだ”」
以前、宗教史学研究所の例会で発表した内容(むしろ問題意識といった方が適切かもしれません)をもとに、「キリスト教史と〈宗教〉史の“あいだ”」(市川裕・松村一男・渡辺和子編『宗教史とは何か 下巻』宗教史学論叢14、リトン、2009年)という論文を書きました。
この論文は、(1)近代化とキリスト教という視座においては、社会とキリスト教との関わりを広く見通すことができるが、逆に近代化という評価軸においてキリスト教が判定されることにもなる。(2)教会史という視座においては、神学研究の蓄積を受けた歴史叙述が可能になるが、逆に広い意味での社会との関わりが見えにくくなる面がある(※ 大まかにいって(1)から(2)へと展開していった、あるいは通史的な記述の試みが放棄されたという認識です)。(3)宗教というものが同時代的にどのような社会的布置にあるのかという問いを組み込むことで(1)でも(2)でもない視座が成立するのではないか、といったことを書いたつもりです。
(3)については、ある意味社会から見た宗教/キリスト教ということで、それはキリスト教史ではないという捉え方もあるかと思います。それはそれで正当な言いであると考えますが、両者は必ずしも相互に排他的なものでもないだろうというのが私の認識です。
下記に同書の目次を転載しておきます:

